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じゃがめブログ

毒にはなるが薬にはならない、じゃがいもの芽のようなことだけを書き綴るブログです。

空色の万華鏡

創作

 なだらかな坂を登りきったところに、その建物はあった。
 オフホワイトの壁に深い朱色の屋根が印象的で、洒落ている。植木の整った様子や苔一つない広場の噴水から、よく手入れされた場所なのが解る。清潔感が溢れる美しい建物だ。開けた草原はまるで緑のカーペットのようで、中央にある建物が別世界のように映える。確かに宗教的な意味を考えれば最適なのだろう。良いチャペルだ。
 そんな神聖な場所に、Tシャツにジーンズというラフな格好の俺と、ネズミ色のビジネススーツを着た中年男性は居た。場違いな組み合わせだが、周囲からは一切視線を感じない。男性陣は結婚式の二次会で声を掛けるために女性を物色し、女性陣はお互いの化粧と髪型とドレスを褒めあう謎のゲームに一生懸命だ。彼らの目には俺たちは写っていない。
「前にも言ったけど、あんまり時間は無いからな」
 俺がそう言うと、彼は、ああ解ってる、と頷いた。珍しく少し緊張しているようだ。
 彼の額の辺りに手をかざし、おまじないを掛ける。
「オッケー。これで大丈夫」
 彼の表情から緊張が消えて、顔つきがみるみる変わっていく。
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
 そう言って、彼はチャペルの方に消えていった。
 手持ち無沙汰になった俺は、チャペルの脇、草原の端っこに寝っ転がった。空を眺めると突き抜けるような青空に大きな純白の雲が浮かんでいる。
 こんな天気の日は何をするにしても気分が良いもんだ。ゆっくり息を吐き、目をつぶった。


 やっと落ち着いた……。
 さっきまでの花嫁の控え室には暴風が吹き荒れていた。化粧、ヘアメイク、ドレスアップ……様々な担当さんが入れ替わり立ち代りで次々と準備を進めていく。グルグルと周りをせわしなく回る様子に、まるで小さい台風ね、ホンモノの台風もこんな風にして起きてるんだったりして、などと想像する。その間の私はと言えば、台風の真ん中で指示通り座ったり立ったりしているのがやっとで、台風の目になるので精一杯だった。
 落ち着いて、大きく深呼吸して、姿見の前の椅子に座る。改めて、プロの仕事ってすごいんだなあ、と魅入る。自分が自分じゃないみたい。このあとの結婚式のヒロインは自分なんだ、という実感が少しずつ湧いてくる。今更ながら、少し緊張して、不安になってきた。あれ、持ってきたっけ……。
 手荷物を探る。奥の方に、少し表面がざらついた、触り馴れた筒の手応えを感じた。良かった、持って来てた。よいしょ、と筒を取り出す。見馴れた、千代紙で包まれた筒を。
「……それは?」
「ふぇっ!?」
 素っ頓狂な声を出してしまった。誰もいないと思っていたところから不意に声を掛けられたからだ。声の方向を見ると、いつから居たのか、若いウェイターが柔和な表情でこちらを見ている。驚きで脈を大きく打つ心臓を落ち着かせるために一度、深呼吸をした。
「ああ、驚かせて申し訳ありません。それが少し気になったもので」
 ウェイターが筒を指差した。急に話しかけられた上にプライベートな部分に踏み込まれているのだけど、不思議なことに、不快じゃない。一旦ビックリしたことで緊張が解けて気持ちがゆったりしているのかも知れない。

「なるほど、お父様の形見だったんですね」
「結果、そうなっちゃいましたね」
 ウェイターは相変わらず柔和な表情を崩さず、ただ頷いて話を聴いている。
 緊張が解けたせいなのか緊張しないように気持ちがバランスを取ろうとしているのか、ペラペラと色々なことを話してしまった。家族で行った旅行のこと、旅行先で駄々をこねて万華鏡を買ってもらったこと、それが最後の家族旅行になってしまったこと――
「それを見て、お父様を思い出して、悲しくはならないのですか?」
 ウェイターが優しく問いかけてくる。あっ、もちろん無理にお聴きするわけじゃないんですけど、と慌てて付け加えて。
「うーん。悲しく……無いわけじゃないんですけど。でも、父が、最後に買ってくれたものなので。どうしても手放せなくて。子供心に、なんだか、覗いたら父が居るような気がしたんです。それがいつの間にか、気持ちを落ち着かせるおまじないの替わりになっちゃったっていうか。だから、悲しいときとかつらいときとかにも覗くんです。変な話なんですけど」
 表面の千代紙がボロボロに擦り切れた万華鏡を覗き込み、窓から挿す光に透かす。見慣れた景色。白いキャンバスに赤・黄・緑・青・紫……様々な色の粒が、回転に合わせて絵を描く。ここはチャペルだから、さしずめこれは私だけのステンドグラスってとこかな、と思いつつ。
「そんなに大切にしてもらえていたら、お父様も、きっと喜んでくださるでしょう」
「どうでしょうね。父が私のことをどう思っていたかは、もう、解らないですから」
 ウェイターは一つ深呼吸し、口を開いた。
「お父様は、あなたのことを、愛していらっしゃいましたよ」
 柔和な表情のまま、きっぱりと言い切った。
 これには少し驚いた。どうして言い切れるんだろう? その疑問が、驚いたことの力を借りて口を突いて飛び出した。
「えっ、どうして?」
「想像ですよ。もう確認しようがないでしょう? だから間違ってるとも言い切れませんよね」
 柔和な表情からいたずら少年のような笑みが少しこぼれた。
「解らないことは想像しておけば良いのではないでしょうか。自分に都合よく。それで良いと思います」
 言い終わるとすぐに柔和な表情に戻り、なんか説教みたいですみません、と謝られた。
 どうしてだろう、本当は怒ったり不快感を示したりするところなのかも知れないけど、そうしなくてもいいような気がする。本当に不思議。結婚式の持つ雰囲気の力なのかな?
「そうすると、もうこの万華鏡は役目を終えることになりそうですね」
「え? どうして?」
 再び驚かされた。この人は何を言っているんだろう?
「これからは、不安なときもつらいときも一緒に傍に寄り添ってくれる人が居るではないですか」
 ウェイターの表情は柔和さを崩さず、とびきりの笑顔になった。うまいこと言ってやった感も、ちょっとにじんでいる。
「ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに」
 ウェイターの言ってることを理解しようとするのと、社交辞令に対する礼を言わないと、というので混乱してしまったのか、少しボーッとしてしまった。
 気が付いたとき、ウェイターの姿はそこにはなかった。本当にそこにいたのか。もしかしたら白昼夢だったんじゃないか。そう思えるくらい、現実感がなかった。


 彼が戻ってきた。意外に早い、と言うより早すぎる。まだ披露宴どころか結婚式すら始まっていない時間だ。
「おい、もういいのか?」
 出てきた彼に声を掛けた。彼の姿がみるみるうちに若いウェイターからネズミ色のビジネススーツの中年に変わっていく。
「時間がないって言ってたのはどこの誰だよ」
「そりゃここの俺だろ。確かに言ったけど、それは姿を変えて『この世』の人に話しかけられる時間のことだって。居るのはまだ良いんだよ。せめて式の最後くらいまで見といた方が良いんじゃないのか? 娘さんの晴れ姿だろう」
 もう既にかなり待っている。年単位で、だ。数時間くらいは別に構いやしない。人間はこういった、節目を大事にすると言う。それは尊重するべきだ、と思う。
「驚いたよ。君、そんなウェットなヤツだったんだな。もっとドライに任務遂行するタイプかと思ってたよ。思い込みは良くないな」
 へぇ、と少し驚いた顔をしたあと、真面目な表情に切り替わった。
「だけど、それは、ダメだ」
 彼はきっぱりと言い切った。うーん、と少し困ったような、寂しげな表情をする。
「そうすると、残るんだよ。いわゆる未練、ってのが」
 両の掌を空に向けて、頭を左右に振る。ふざけてるとも諦めてるともつかない、おどけた仕草だ。
「もうちょっと、もうちょっとだけ、ってな。そうやって心を引っ張られるんだ。だから、決めたことを変えちゃだめだ」
 彼は、うむ、と納得したようにうなづいた。
「死なないヤツには解らないのかもな」
「それ、よく言われるよ、死人にだけど」

「にしても、今までだいぶ待たせて申し訳ない」
「十八年、だっけか。長すぎるよな。健全な死人なら成仏まで一年も掛からないぜ」
「死人にも健全とか不健全とかあるのか」
 彼が吹き出す。確かに妙な表現なのかも知れないが、続ける。
「あるさ。不健全なヤツってのは地縛霊とかだ。それと比べても十八年は長い」
 そうは言っても、我々には時間の感覚がない。十八年というのが人間にとって体感的にどの程度の長さなのかは解らない。彼はどう感じていたんだろう。
「娘さんの結婚を見届けてから連れて行く、っていう約束だったから仕方ないんだがな。約束したあとで、娘さんが一生結婚できないって可能性に気付いて焦ったよ」
 そういうと、彼は高らかに笑った。冗談だと思われたんだろうか。
「それは杞憂ってもんだ。私の娘だからな。マイワイフの若い頃に似ている。見る目のある男が放っておくわけがない」
 彼は、うむ、と再び納得したようにうなづいた。一人で勝手に解決するのが、彼の癖だ。
「で、申し訳ないのだけど、待ったついでに、頼まれて欲しいことがあるんだ」
 彼が申し訳なさそうな素振りを欠片も見せずに言う。なんなら、いたずら少年が舌を出しながら悪ふざけを告白するときのような雰囲気すら、ある。
「人遣いが荒いヤツだな、本当に」
「それ、よく言われたよ、部下に。生前にだけど」

 少年のような表情で、彼は懐から筒状のものを取り出した。表面の紙は擦り切れていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
 なんだそれ? と筒状のものを指さして聴くと、彼は、魔法の道具だと言った。筒を俺に手渡すと、ここの穴から覗いて回すんだ、と動かして説明し始めた。
「こんなのが良いのか? よく解らんな、人間ってのは」
「よく解らんから面白いんだよ、人間ってのは」


 式は順調に進んでいた。指輪交換と誓いのキスも問題はない。少し緊張したけど、大丈夫だった。「誓います」の一言も噛まずに言えた。旦那さんになる人が噛みかけたせいで、笑いを堪えるほうが大変なくらいだった。
 次は、フラワーシャワー。係りの人から、簡単に説明を受ける。何回か聴いた説明だけど、念のためなのかな。
 フラワーシャワーには祝福の意味が込められていること。花の力で二人を守る祈りであるということ。そういった話を聴く。改めて、祝福されているのかなあ、という感じがしてきた。

 係りの人がチャペルの大玄関を開けると、外に並んだ列席者から歓声と拍手が起こった。
 歓声の中をゆっくりと歩き出す。おめでとう、とみんなが声を掛けてくれる。ああ、本当に結婚するんだ、祝福されてるんだなあ、という実感が少しずつ沸いて来た。花びら舞う中、一歩ずつ歩みを進めていく。

「あれ! なんかひかってるぅーー!!」
 ゆったりとした空気を破ったのは、少女の大きな叫び声だった。
 えっ、何? 一瞬歩みを止めて、少女のほうを見る。みんなも少女を見る。少女は空を指差して、あれ! あれ! と叫んでいる。

 少女が指差す先では、色の着いた光の欠片が集まって絵を描いていた。まるで白い雲のキャンバスに色とりどりのジェリービーンズをばら撒いたかのように。鮮やかな光の欠片は音も無く形を変える。これはまるで……
「万華鏡……!」
 そうだ、まるで大きな万華鏡のよう。光が作り出す幾何学模様は美しく、滑らかに変わっていく。
 列席者は、呆気に取られたり、拍手したり、歓声を上げたり、これ幸いにと異性にスゴイですねと声を掛けたり……色んな反応をしているけど、みんな笑顔だ。世にも奇妙なものを見ているのに、みんな笑顔で、大騒ぎなのに和やかな空気になっている。不思議な暖かさが感じられた。
 やがて、光の欠片たちは降り注いできた。ゆっくりと、私たちの周りに、祝福するかのように。触れることはできない、不思議な光の花びら。
「……お父さんだ」
「えっ、何?」
 旦那さんになる人が聴き返す。
「これ、やったの、お父さんなの」
「えっ、どうして?」
 さっき自分が取ったのと同じ反応だ。少し吹き出しそうになる。
「想像よ、想像。お父さんが天国からフラワーシャワーしてくれたんじゃないかな、っていう想像。でも絶対に違うとは言えないでしょ。だから、いいの。お父さんがやったってことで」
 旦那さんになる人は、ふーん? と一瞬、不思議そうな顔をしたけど、なんだか納得したようだった。
「そうかあ。お義父さん、凄いんだなあ」

 お父さん、見てる? 彼、ちょっと呑気だけど良い人だし、本当は頼りになります。これからは悲しいときもつらいときも、彼と乗り越えていける気がします。だから、大丈夫だよ。万華鏡を覗くことはもう無いかも知れないけど、心配しないで、寂しがらないでね。
 空に手を伸ばす。なんだか、光の花びらの先にお父さんがいるような気がして、大きく手を振った。


「こんなもんがいいのかねえ」
 つぶやきながら指鳴らしをする。俺の指鳴らしに合わせて光が形を変える。
 これが良いって言うのは、やっぱりよく解からんな、人間は。けど、面白いね、ほんとに。
 光の粒にまぎれて、一つの大きな白い光の球がゆっくり空に吸い込まれるように昇っていく。思わず光の球に向かって軽く手を振って、まるで人間みたいだな、と苦笑した。だけど、不快な気持ちじゃない。

 遠くで歓声と拍手が沸き上がっているのが聴こえる。喜びの音を聴きながら、再び草原の端っこに寝っ転がった。
 こんな天気の日は何をするにしても気分が良いもんだ。ゆっくり息を吐き、指鳴らしを続けた。