創作
「二七五三六番、これより法に則り刑を執行する」 白塗りの壁に声が反響する。背後の分厚い扉が、がちゃりと音を立てた。鍵が掛かったのだろう。 目の前には無機質な質感の椅子があり、椅子には目を閉じて男が座っていた。せいぜい七、八メートル四方と思わ…
あれさぁ、と彼女が僕の脇腹を指で啄き目配せした先で、酔っ払いのサラリーマンが車内に乗り込んできた。どやどやと大声を張り上げ、会社の不満やお互いの結束の強さについて再確認をしている。何度も大声で同じことを繰り返すさまは、まるで壊れたレコード…
こう言うのはあんまり好きじゃないな、と彼は言った。 何が? と、私が問うと、彼は、それ、と言ってテレビ画面を指さした。少しいらいらした感じだった。画面の向こうでは、テレビタレントが揃いのシャツを着て、同じシャツを着たタレントがマラソンしてい…
なだらかな坂を登りきったところに、その建物はあった。 オフホワイトの壁に深い朱色の屋根が印象的で、洒落ている。植木の整った様子や苔一つない広場の噴水から、よく手入れされた場所なのが解る。清潔感が溢れる美しい建物だ。開けた草原はまるで緑のカー…
「君って、初対面の人が居ると全然しゃべらないよねえ」と彼女は言った。ああ、人見知りするんだよ、と僕は返す。 周囲の喧騒で少し声を張り上げないと聴こえない。これぞ安居酒屋といった風情なのでムードもあったもんじゃないが、一応はデートのつもりだ。…