順番
「二七五三六番、これより法に則り刑を執行する」
白塗りの壁に声が反響する。背後の分厚い扉が、がちゃりと音を立てた。鍵が掛かったのだろう。
目の前には無機質な質感の椅子があり、椅子には目を閉じて男が座っていた。せいぜい七、八メートル四方と思われるこの部屋は、椅子の後ろの床に金属の蓋らしきものと、天井に監視カメラがあるだけで、殺風景なものだった。
経済情勢的に、税金で犯罪者の生活を維持することが難しくなってきたためか、刑の執行も簡素で効率性が求められるようになってきたという。部屋の風景にはそれが表れていた。
受刑者が暴れた場合に武器になりうるものを置かないようにしているのかも知れない。まあ、あまり考える意味はないだろう。
法令に関する文言を暗唱し、二七五三六番に聴かせる。毎度同じ文言を繰り返すのだからレコーダーに録音して流しても良さそうなものだが、こうやって読ませることも必要らしい。読み上げることで悔恨させるという。今もこの部屋の様子を録画していて、被害者の遺族に後から見せるらしい。なんともはや、と内心で独りごちる。
「以上、何か言い残したいことは?」
一言一句、決められた台詞をすべて読み上げた。
これで二七五三六番が「特に無い」と言えばそこで刑を執行する。二七五三六番は「特に無い」という。話が早い。たいていの受刑者が諦観している。彼もまたそうなのだろう。
二七五三六番の両手両足に堅い革バンドを巻きつけ、固く繋がっていることを確認する。
離れた壁にあるボタンを押した。すると薄紙を何枚も重ねて激しく叩くような、乾いたパリパリという音にあわせて二七五三六番の体が壊れた幼児玩具のように躍動する。
やがて髪や皮膚の焦げた臭いが部屋に立ち込め始めた。こんな臭いがするものだったのか、と眉を顰める。
五分後、ブザーが鳴り電気が止まったことが伝えられた。電子レンジで冷飯を温めなおすかのような気楽さだ。
五分は短いと思っていたが、奇妙なダンスを見続けるには意外と長い。かなり精神的に堪えるものがあるが、これも含めて刑の一貫なのだろうか。
椅子の横の金属の蓋を開けると、大きな穴があった。どこかに繋がっているらしい、どこに繋がっているのか解らない深い大穴からなんとも言えない臭いが立ち上ってくる。最期がダストシュートとは悲しいものですね、などとまたひとりごちる。
二七五三六番の身体から革バンドを外し、遺体を穴に運び落す。動かない肉体を運ぶのは重労働ではあるが、これですべて終わりだと思えば気も紛れる。
ダストシュートの蓋を閉め、椅子に座って深く息を吐いた。大きく深呼吸すると、妙に心が落ち着くのが解る。目を閉じて、もう一つ深く深呼吸した。これで終わりか、と落ち着く。
深く息を吐き出したそのとき、部屋の扉が開いて男が入ってきた。
次の刑の執行の時間だ。意外と早かったな。目を閉じたまま、男を部屋に迎え入れる。
「二七五三七番、これより法に則り刑を執行する」という、男の声が白塗りの壁に反響した。