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じゃがめブログ

毒にはなるが薬にはならない、じゃがいもの芽のようなことだけを書き綴るブログです。

経営者が自己啓発本を勧めているのを観るとげんなりする

雑記

 今まで関与してきた中小企業の経営者層が自己啓発本好きで、これまで何冊かの自己啓発本を勧められ読みました。自己啓発書と銘打たれていなくても、大企業の経営者の成功哲学なども。

 そこで思うのは、ああいうのは総じて「成功した人の方針の抽出物」なんですね。薬みたいなもので、合う人には合うけれど合わない場合は害になる。


 例えば「行動すれば成功する」などの場合。

 当たり前のことですが、10回同じ事をやって10回とも同じように失敗するなら、あともう10回同じ事をやってもやっぱりもう10回失敗しますよ。もちろん時流というものはありますから、もしかしたら成功するかも、というのはあるかも知れませんが、可能性としては低いでしょう。そこで自己啓発が言うのは「失敗する率が低くても何万回もやったらそのうち成功するだろ」ということであり「失敗は気にするな」なんですよね。

 失敗を恐れない気持ちは大事で、時に思い切る必要はあるのですが、失敗すると思われることをやるのは愚か者のすることです。何か行動するからには成功するという勝算が必要で、勝算があるからこそ失敗への恐れを越えられる。そしてその勝算を生むものが機転であり知識であり観察であるわけです。

 例えば、男性向けモテ本*1にあるような「ナンパするのに1人に声を掛けても失敗するけれど1,000人に声を掛ければ1人は引っかかるぞ!」というのは典型ですね。それを信じた人がいて、1,000人に声を掛けたとしますよね。でもその声を掛ける人が圧倒的キモメンでトークスキルゼロならまず1人も見向きもしないでしょう。ただただ凹むだけ。むしろ女性に対して脅威を与えるだけです。誰も得しない。

 人生を麻雀に例えると*2、みんなそれぞれ配牌は違うしツモも違う。生まれながらにして悪配牌でスタートしなければならない人も居れば、ツモが悪くて苦心する人だっています。自己啓発本が良く語るのは「ツモって切らなければ上がれない」なんですね。そらそうです、そうしないと手が進まない。でも、幾らツモって切っても、考えずにツモ切りしてちゃ永久に手は進まない。それに流局が来てしまうことだってあるし、誰かに出し抜かれることだってある。場を見て、積極的に打ちながらも、逃げる場所や勝負をかけるところを見据えないと行けない。自己啓発本が語ることだけをそのままやっていたら、ツモる→当たることを恐れるな→ひたすらツモれば上がれる→上がれないのは自分の気持が足りないから、となる。そんな人はただのツモ切りマシーンです。

 ただひとつ「行動すれば成功する」を抜粋しただけでも、こう。

 他の要素も、たいてい似た感じだと思います。抽出した内容を摂取してるからそれで事足りるような思考停止に陥ってしまうという副作用が起こるというのはどれも同じ。決して間違っていることは言ってないですけれど、常に正しい訳でもなんでもない。読んで勇気づけられるくらいにしておきましょう。


 自己啓発本にハマっている人には、もっと社会を見て自分で考えて、逃げるべき時を見極めて、ダメだった時はダメな理由を考えて消化して、落ち目の時には自分を救うようにして、自己啓発本を疑い、それでいて自分に責任を持つことを勧めます。自己啓発本は責任を取ってくれません。合う合わないもあります。そして勧める側はたいていその注意はしてくれません。

 自己啓発本は劇物です。用法用量を守って正しくお使いになり、体に合わない場合は使用を中止してください。また、貴方に適合した本が他の人に適合するとも限りません。お勧めになる際にはご注意ください。

*1:自己啓発本とは違うかも知れませんが、ニュアンスが似てるので引用します。

*2:人生を何かに例えるのは詐術っぽくてあんまり好きではないのですが。