理屈と感情の板の上で
最近ちょっと悩んでることが有って、と彼女は言った。へぇ、どうしたの?と僕は聴く。かなり長い付き合いになるけど、彼女が悩んでいるところを見るのは珍しい。だから社交辞令や適当な返答じゃなくて、本当に気になった。僕が尋ねると、彼女は、とある人との出会いから今までの経緯と、自身の感情を順不同に口から流し出し、代わりにフライドポテトをコーラで飲み込んだ。
彼女の言う事をまとめると、こうだ。ものすごく気になって好きっていう感情に近い人がいる、っていうか好き。だけど、冷静に考えると全然タイプではないし、むしろ苦手で嫌いなタイプだったはず。本当にこの人? なんで? と思いながら会うたびに気持が昂ぶって、その差の部分で困惑して悩んでいる、と。そういうことらしかった。
僕が、なるほどねえ、それは大変だ、と相槌を打つと、彼女は少し顔しかめ眉間に皺を寄せ、怒ったような拗ねたような顔をした。返しが適当過ぎ、とぶーたれる。こんなにも同調しているのに理解してもらえないとは心外だな、と思う。
話を聴きながら、僕は食べ終わったハンバーガーの包み紙を畳んでフライドポテトの箱にしまいこんだ。彼女は、やや呆れた表情を浮かべ、そういうとこマメねえ、理解できないわ、と言う。そう言う彼女のトレイの上は小さい台風が一過したようで、そっちのほうが僕の理解を超えている。まあ、どっちもどっちだ。
テーブルの上を片付けて、僕のほうから切り出した。
恋愛する人っていうのは、理屈と感情の板の上に立っているようなもんだと思うんだよ。そう言って、両の掌を上向けてくっつけて見せた。この両手の上に小さい人が居ると思ってよ、と僕が言うと、うん、と彼女が頷いた。
この右手が理屈で、この左手が感情ね。理屈のほうに体重を掛けてる人も居るし、感情のほうに体重を掛けてる人も居る。どっちかに両足で立ってる人も、まあたまにいるよね。そう僕が言うと、彼女は、ふんふん、と頭を振った。
僕は話を続ける。でね、この理屈と感情が、離れていくときってあるんだよ。そうすると、小船に乗り込もうとして片足をつけた瞬間に船が離れていったときのような、そういう体勢になるんだね。それはちょっとつらいと思う。今の君は、そういう状態なんだろうね。そういいながら僕は両手を離していく。落ちないようにバランスを取ろうとして、疲れちゃってるんだろうね。感情を理屈で理解しようとしてるってことだからさ。ものすごく大変なことだと思うよ。
彼女が言う。それじゃあさ、どんどん開いてっちゃったらどうなるの? 私、下にボトーンって落ちちゃうの? それって何? 心の病気なのかな?
うん、そうだね。落ちちゃうね。でもそれは病気ってよりも、もしかしたら、ひとつの恋への落ち方なのかも知れないよ。僕がそういうと、彼女はどうにも納得いかないみたいで、そうかな〜、そういうもんかなあ、よく分からないなあと首を捻った。
うん、難しいだろうね。実は僕だってよく分からないんだ。がさつな人は苦手なのに、どうして君を好きになっちゃったのか、未だに理解できてないんだよ。僕は言葉をコーラで飲み込んだ。