魚の取り方を教える前に伝えたいこと
「人に魚を与えることは一回の食料にしかならないが、魚の取り方を教えることは、生涯の糧を与えることになる」という有名な言葉があります。要するに、結果ではなく方法を与えましょう、と言うことなのですが、これでは不足しているのではないかな、と最近は感じるようになってきました。方法だけを教えてしまうと方法が陳腐化したときに対応が出来ないのと、ひとつの方法を最低限しか使えない人になってしまうからです。アルバイト店員にマニュアルを渡しているのと同じことになるのではないかな、と。
この方法の陳腐化や停滞を打破するためには、欲求と好奇心がとても大事です。もっと得たいと言う思いや、他に方法は無いだろうか?と模索する好奇心。これらがあって初めて、方法は陳腐化せず発展して行くわけです。
最初の例えで言うと、魚の取り方を教える前に魚を幾つかの料理にして食べさせて美味しさを伝えてあげる、と。魚の美味しさ(相手にとってのメリット・幸福)や料理とは何か(可能性)を伝えてあげることがまず大事なんです。
最初に渡された方法だけを武器に生きるか、与えられた情報から考えて自分の求めるものを作り出していけるようになるか。教えられる人にとって一番最初の分岐はこの教えられ方にあるのではないでしょうか。また、何かを人に教えられることがあるのであれば、どうやったら今自分が伝えられることを相手が愛せるようになるかを考えることが大事なのではないでしょうか。
はてな界隈には、人に教えられる知識は山ほど持っているのに、それを上手く人に伝えたり教えたり出来ている人がとても少ないように思います。それはこの辺の違いじゃないかな、と思うのです。
期待通りでした。