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じゃがめブログ

毒にはなるが薬にはならない、じゃがいもの芽のようなことだけを書き綴るブログです。

私が残しておきたいことをひとつだけ

 今回のお題は「もしあなたが余命1ヶ月を宣告されたとき、web上に何を残したいですか?」です。

 難しいお題ですねえ〜。いや、常に考えていることなので話すのは簡単なのですが、これをうまく言葉にするのはとても難しい。だから、簡単に言います。
 私は私の『失敗体験』を残したいと考えています。


 人が成長するのはどういうときか。幾つかあると思うのですが、最も大きなものが『失敗を経たとき』だと私は考えています。試行錯誤して、失敗を経て、その失敗から学んで、同じ事を繰り返さないようにする。一度失敗してしまえば、その試行はもうやらなくなる。そうやって生まれた時間で別のことをやる。そうやって成長していく。だから、無限に人が生き続ける限り、永久にちょっとずつ成長していくことができる。

 だけど、実際はそうは行かない。人はいつかは死ぬ。だから無限に成長することなどはできない。そうこうしている間に、この世のどこかでは新しい命が生まれて、同じように失敗して、生きることを繰り返していく。たぶん、種が滅びるまで。間違えて、学んで、得て、死ぬ。


 勿体無いな、と思ったんです、それを。同じようなことを間違えて、同じように悲しい目にあって……と。もちろん、失敗しておいたほうが良い体験になることも多い。ですが、しなくていい失敗だってある。しなくても、他山の石として学んでおくだけでも成長できることは、ある。
 そういうことを、歳を重ねるほどにどんどん痛感していくわけだけど、新しく生まれてきた人は当然知らない。それが、なんというか、勿体無い。

 思えば、今この世の中は先人が残したもので便利に暮らせるようになっています。エレベーターを生み出した人や発展させた人が居るから、高い建物で生活できるようになり狭い空間に人がたくさん住めるようになっただとか。水道を生み出した人や発展させた人が居るから、わざわざ川に水を汲みに行かなくても良くなっただとか。先人たちの残した『財産』がこの世の中を便利にしていて、どんどん住みやすくしている訳です。

 では、と。それでは自分に残せる『財産』とは一体何か? そう考えた時、それは『失敗体験』なんだろうな、と思うのです。


 偉人の成功体験も良いですけど、凡人の失敗体験だって良いものだと思うので。
 それでひとりでも救われてくれたら最高ですね。そう思いながら死んでいければベストです。

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 このエントリーは、ブログ企画『No Border』の為に書かせてもらった記事です。
 お題は『もしあなたが余命1ヶ月を宣告されたとき、web上に何を残したいですか?』でした。