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じゃがめブログ

毒にはなるが薬にはならない、じゃがいもの芽のようなことだけを書き綴るブログです。

東北関東大震災で義心を感じる人へ 持続不可能な感情と継続可能なシステムについて

思考 トピックス

 突然ですが、ほんの少しだけ私語りを。 
 今から16年前の1995年1月17日、私は阪神淡路大震災を経験しました。
 当時の我が家は尼崎市にあり、最も損壊の大きかった地域からはやや遠かったのですが、それでも家は半壊しライフラインは完全に寸断されました。最も復旧が早かった電気でも数日、遅かった水道・ガスは数ヶ月間停止したままでした。

 学校に行くために自転車で訪れた神戸の街は散々な様子で、倒れるところを想像したこともない高速道路が横転し、ビルが横倒しになる。当然のごとく交通網は完全に寸断され、大阪−神戸間を結んでいた阪急・JR・阪神は全て不通となりました。また、当時最寄り駅であった阪急伊丹駅駅舎のタミータウン(当時・現在は阪急伊丹リータ)は完全に壊滅し、目にしたときはショックで目眩がしたものです。

 その交通網なのですが、これが復旧して開通するまでどれくらいの期間が掛かったか、覚えてる人はいるでしょうか。いきなり答えをいってしまいますと、阪急・JR・阪神が大阪−神戸間で全線復旧したのは震災同年の6月でした。つまり震災から半年間、復旧に期間が掛かったのです。また、完全に壊滅した伊丹駅の駅舎が復旧してリータができるまではどれくらいかというと、リータ再建が1998年11月ですので、4年弱掛かったのでした。鉄道の路線、駅一つがこうです。かなりの時間が掛かったことが解ります。

 もうひとつ、阪神淡路大震災では仮設住宅というものが有名になりました。被災地の建物の多くが木造建築であり、震災後の火災で家が多く焼けてしまったためです。この仮設住宅には最大で46,000世帯以上が生活していましたが、全員が仮設住宅から退去するまで約5年が掛かったと言います。5年間、自分の家がない人が居たのです。

 さて、私語りをして何が言いたいか。それは、潰れた街が復旧するまでには多くの時間が掛かる、ということです。また労力も当然掛かります。建物やインフラは種を植えて水を蒔いておけば勝手に生えてくるようなものではありません。誰かが手を動かして、数年の時を掛けて復旧し、元通り以上にするのです。今、神戸の街に震災の爪痕を感じることは難しいと思います。それくらい、当時の大人たちが長い期間 頑張ってくれたのだということです。

 翻って、今回の東北関東大震災(東北地方太平洋沖地震)。震源地が太平洋沖だったことによって津波の被害が大変大きく発生しました。多くのものが一瞬にして失われ、多くの人が一瞬にして亡くなられた。発電所を失ったことで電気が足らず、製油所を失ったことで一時的にガソリンも不足しています*1。本当に深刻な事態です。

 首都圏も、交通網が大きく乱れるなどの軽いパニックを起こしています。そして軽いパニックを起こす程度の刺激があったことで、地震に対する視線が向けられています。私が今回話題にしたいと思っているのは、この部分です。

 善意、悪意、興奮、興味、同調、同情……どのような感情であれ、人間の感情というのはそれほど長く維持することはできません。おそらくは今の感情(東北地方に対する支援の気持ち)は持って2ヶ月といったところでしょうか。阪神淡路大震災の折には、テレビショーの話題が大震災からオウム事件に再度シフトするまでが、それくらいの期間だったようです。そしてそのシフトと共に、被災地以外の人の関心は薄れて行ったようです。

 忘れるというのは決してネガティブな意味合いだけではありません。人間はそれほど多くのことを考えることはできませんし、たくさんの悲しい出来事や記憶で頭を一杯にしてしまうと、心がダメになってしまいます。どんどん忘れても良いと思います。ただ、先ほど書いた通り、大震災のような大型の天災から地域が復興するにはかなりの時間と労力が掛かるということは、忘れないでいて欲しいのです。
 憶測ですが、早ければ来週にでもテレビ・新聞といったメディアは東北関東大震災のことをショーとして消費し始めるようになるでしょう。そして数ヶ月後にはメディアから震災の情報は消えると思われます。ただ、消えたとしても、裏ではどこかで復旧作業に時間と労力を費やしている人、怪我や病で苦しむ人は居なくはならないのです。これを忘れないでいて欲しい。

 何故そのようなことを言うかというと、当面近いところでふたつの懸念があるからです。

 ひとつは、この先半年ないしは一年程度、電気が大幅に不足し続けるであろうことが予測されるということ。
 今は関東の人はやや興奮状態にあり、若い世代を中心にしてみんなで節電しようという風潮があります。これが、メディアが震災を扱わなくなり、原発の事故の様子を報じなくなればどうなるでしょう。憶測にしか過ぎませんが、「どうしてこんな不便な思いをしなければならないのか」といった不満の方が前に出てくるようになると思うのです。今、憶測と言いましたが、そちらのほうに世論は振れるだろうと私はほぼ確信をしています。夏場になり大震災が有ったことも忘れ気味になった頃、暑くて仕方がないのに冷房が使えなかったらどう思うでしょう? 冷たいドリンクも温度規制が入って温くなるやも知れません。それに、耐えられますか? おそらく、耐えられないでしょう。私もつらいと思う。

 もうひとつは、血液がしばらく不足するであろうことが予測されるということ。
 輸血用血液には有効期限というものがあります。通常の献血で進呈できる血液というのは、一ヶ月も持ちません。私は門外漢なので確定情報として出せませんが、通常の血液で確か3週間程度だったと思います。血小板で4日程度と、かなり短くなっています。今、献血に行く人はたくさん居て、素晴らしいことに供給が足りています(参照)が、その血液も一ヶ月後には無くなってしまいます。ですが、怪我人・病人をそれまでに全員治しきるということは、不可能です。街の復興に時間がかかるように、人が治癒するのにも時間が掛かります。今後しばらくは、血液が足りなくなる事態も発生しえます。

 先ほど忘れると言いましたが、善意や同情なども、忘れてしまうものです。感情は常に持続不可能なものです。やがては不満の方が強くなる時が来ます。そうなったときに、少し思い出して欲しいのです。許容する感覚を。そして、気が向いたら献血や、必要なボランティアをすると良いと思うのです。

 その為には、持続不可能な感情を継続可能なシステムにしてしまうのが良いでしょう。もし本当に人を助けたいなと思うのでしたら、リマインドシステムを使うことを提案したいと思います。
 手元に携帯電話はありますか? iPhoneでもガラケーでも、予定機能はあるでしょう。そこにポチっと「献血チェック」や「できることを10分間考えてみる」「震災から◯ヶ月」「節電をTwitterで訴えよう」「思いやりの気持ちを思い出す」「500円だけ募金する」などの項目を足してみるだけ。簡単ですね。普段からRemember The Milkのようなアプリケーションを使ってる人ならそちらに登録しても良いかも知れません。これだけで「今持っている興奮」を「実際に起こすべき継続アクション」に変えられます。いかがでしょうか。簡単でしょう?*2



 私は、人助けは趣味でやるようなことだと考えています。
 趣味なので、自分自身の生活を脅かすほどに傾倒してはならないですし、楽しんでやるように仕向けるのが良いでしょう。自分のことすらままならない人が他人を救うなどできませんし、楽しくないことは継続することもできません。それは結果的に功利的ではないことです。自己犠牲は尊い精神ですが、これもあまりやるべきではない。犠牲という言葉にはアルコールのようなものが含まれていて、簡単に酔うことができる上に正常な判断を無くしてしまいがちです。今の日本で、自己犠牲をしなければ人を助けられないような状況は、あまり無いと思うのです。

 ですので、上記のようにリマインドしたとして、楽しくない・自分の生活に影響を及ぼすようであれば、それはやらないほうが良いかも知れません。あくまでも、継続的に効率的に人助けをすることで功利的になる。私はそう考えています。

 今回の大震災で天災を身近に感じ、人助けの気持ちを持った人へ。その気持ちを大事に思うのであれば、気持ちを最大限に活かせるように考えてみませんか。


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2010/03/21 追記:はてなダイアリー 今週のお題東北地方太平洋沖地震

〜被災地からの手紙 被災地への手紙〜 忘れない。
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*1:別に述べたいと思いますが、今、震災一週間という間にガソリンが不足しているというのは、救急医療・物資輸送の面で大きな問題になっています。本当に、不要不急ならばガソリンを買いに走り過ぎるということを無くして欲しい。

*2:『システム』と難しげに言ってみましたが、方法は簡単で良いのです。むしろ、簡単な方が良い。