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じゃがめブログ

毒にはなるが薬にはならない、じゃがいもの芽のようなことだけを書き綴るブログです。

新米上司に贈る、仕事を教えるために最初に意識すべきこと

仕事

気がつけばもう八月も目の前。新人が入社して四ヶ月が経とうとしています。これまで新人だった人には後輩が、昇進した人には部下ができたりしたことでしょう。そうなると、まずハマるのが教育だと思います。言うことを聴かない、聴いても覚えていない、などなど……。
人にものを「教える」というのは、本当に難しいことです。にも関わらず、人に物を教えるための教育がなされている現場は殆どありません。ですので、数回に分けてこの「教える」ということについて考えてみたいな、と思います。
今回は、まず教えるときに最初に意識することを並べます。

肩書きで話を聴かせることはできない

ものを教えるとき、「自分のほうが先輩(上司)だから」と言った目線になっていることはないでしょうか。「自分のほうが先輩(上司)だから正しい」という考え方の落とし穴は、意外と陥りがちで、かつ最も危険な穴でもあります。
集団に先行して入っていれば、それなりに知識や経験を積むこともできますし、新人は何もできないものです。比較すれば、当然、自分のほうが知っている、となるでしょう。ですが、新人からはそうは見えていません。自分が新人だった頃を思い出して見てください。会社にいる先輩や上司を、ただ先に入っているという理由だけで無条件に信用し尊敬したでしょうか。上司だから、先輩だからという理由だけでいきなり尊敬していることも殆どありません。新入社員からは、あなたは「何ができるのか解らないけど、ただ先に入っているだけの人」であることが殆どなのです。
ここに、新人とあなたとの温度差が発生します。そして多くの人がこの温度差に気付かずに「説教」をしてしまい、関係に亀裂を入れてしまうのです。
ではどうするか。
相手を認めることです。相手よりも自分のほうが完全に上回っているということなどありえない、自分のほうが知らない・解らない・できないことは幾らでもある。そう理解することです。間違っても、上から目線で「解らないだろうけれど」とか「教えてやっている」という気持ちで入ってはいけません。そういった姿勢だと、押し付けるような教え方になってしまい、自分が間違ったとしても、非を認められなくなります。自分の非を認められず一方的に押し付けてくるような人から何かを学びたいと思えるでしょうか?

まずは謙虚な心を持って、相手との関係性作りをすることです。ここが基礎かつ最も大事なところです。

相手が何を求めているかを知り提示する

何かを学ぶということは、これまでと違うことを記憶したり、経験のないことをやるということです。新しいことを常にやり続けるということでもあります。それには物凄いエネルギーが必要です。この物凄いエネルギーを使うようなことを「何のためになるのか解らない」と思える人は、そうは居ません。
人を動かすのはモチベーション、単純に言うと、やる気にさせる目的・動機です。これがないと人は動けません。
押し付けでモチベーションを上げることはできません。学ぶ事がどう役に立つのか、どういうメリットになるか、そういった事を伝えることでモチベーション向上を計ります。
そのためにも、相手がどのようなことにメリットを感じるか、どうなりたいのかを知る必要があります。早く帰って家族との時間をたくさん作りたい人なのか、仕事に打ちこんで人に認められたいか、タイプは様々です。そして、タイプ毎にアプローチは変わるものです。

相手の知識範囲を知り、自らの知識範囲を広げる

教えるのがうまい人は、総じて例えが得意です。難しい概念であっても、例え話をすることで解りやすくなります。
解りやすい例え話をするには、まず相手の知識や興味のあることを知り、自分の知識を広げることです。なぜなら、例え話とは相手の持ってる知識の物さしに合わせた表現だからです。
よく大きさの対比のためにタバコの箱を一緒に写真に撮ったりしませんか? 量を解りやすくするために東京ドーム換算したりしませんか? ああいうのも、広い意味で言えば例え話です。相手の持っているものさしに合わせて「あなたの知っていることで表すと」と表現することで、理解を促すのです。
そのためには、相手がどんなものさしを持っているかを知るための洞察と、そこに合わせられる知識が必要なのです。

一度に正確に伝えようとしない

概念や事象を解りやすく伝えようとすると、どうしても説明が抽象的にならざるを得ません。
抽象的にするというのは、つまり枝葉を切り落とすということです。不要な部分をそぎ落として必要な部分だけを抜き出すこと。これが抽象化です。ですので抽象化して説明すると「ただしこういった場合は除く」といった『例外』が消えてしまいます。

もう一つ、伝えやすくするために前述の「例え」を使うことがありますが、「例え」を使うと正確ではない表現になることがあります。別のものに似ている部分、共通的な部分だけを抜き出して「○○でいうと、こういうこと」という説明をすることになるので、やはりこちらも枝葉末節が失われてしまうのです*1

このように、伝えやすくするための説明は正確さを失ってしまいます。かと言って、正確にすべてを伝えようとすると、その前提となる知識や間隔を共有する必要があり、それには途轍もない時間が掛かってしまいます。教えられる側も、一度に詰め込まれてしまうと理解不全のまま進んでしまい、理解することで手一杯になってしまいます。それではつまらないでしょう。

まずは完璧に正確でなくて構わないので、簡単な概念から知ってもらうことです。そして相手が理解したところで、必要に応じて教えていけば良いのです。

まとめ

刀鍛冶が刀を打つ場面を見たことがあるでしょうか。刀は鉄の塊からいきなりできるものではありません。鉄を熱して曲がりやすい状態にし、熱いうちに少しずつ目的の形になるように打っていきます。冷えた鉄を一気に曲げようと打ちこめば、当然折れるか、いびつに曲がってしまいます。
ものを教えるというのも、それに似ています。もちろん相手は鉄の塊ではなく人間ですから、感情があります。無理矢理熱を話を聴かせることはできません。話しを聴きやすい状態にし、モチベーションを上げることで中から熱を生み出し、鋸を打ちこむように少しずつ何度も伝えていく。そういった手順を踏まないと、冷えた鉄のように折れ曲がってしまうか、全く形は変わらないかのどちらかです。

無理に叩き込もうとしてはいけません。教育者がまず一番最初に意識すべきことは、その人の学びたいという気持を伸ばす為にどうするか、ということなのです。

*1:この抽象化と共通部分を抜き出す作業を総して、汎化と言う人もいます。