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じゃがめブログ

毒にはなるが薬にはならない、じゃがいもの芽のようなことだけを書き綴るブログです。

千原兄弟・千原せいじに、もう少し脚光が当たることを願う

千原兄弟って言うと、パッと頭に浮かんでくるのはやっぱりジュニアの方なのかな?という感じはしますよね。テレビで活躍している量がかなり違いますから。っていうか千原せいじがテレビに出てるのがちょっと少ない気がするw
そういう実態を受けて、千原兄弟=ジュニア(+せいじ)みたいな見え方をするのは仕方が無いかな、と思うこともあります。けど、ちょっと見方を変えて欲しいなあ、とも思う。せいじは面白いんですよ。けどテレビではあんまり使われていない。それは何故か?今回はそんなお話です。

テレビが求めるお笑い芸人

まあ、まずはそこですよね。テレビがどんな芸人を求めているのか。
テレビが求めると言うのは、言い換えれば視聴者が求めるものです。で、それを雑に誤解を恐れずに言うとこんな感じになります。

視聴者に知識や思考がなくても理解することができる
視聴者が攻撃したいものを攻撃する
視聴者に対して甘い
生理的に不快ではない

つまり、まあ要するに無難であることですね。そして、それは「面白いかどうか」は別なんです。テレビはお笑い芸人に、面白いかどうかではなく、上記項目を満たしているかどうかを求めているのです。

なぜ、ジュニアはテレビに呼ばれるのか

その前に、なぜジュニアはなんでウケるのか。
能力的な話をすると、ジュニアは話を組み立てて行くのが恐ろしく上手いです。構成力といいますか。ジュニアは同じエピソードトークを何度も話すことがありますが、話す度にどんどん洗練されて行っている。余計なものを減らしたり、言い回しや間を変えることで、同じ話をどんどん面白くしていける。多分ですが、面白い言い回しライブラリーを頭の中に持っていて、そのパターンを組み替えたり推敲することを常におこなっているのでしょう。

もうひとつ特筆すべきは、視聴者の好みへの調整能力がハンパなく高いということ。しっかり周囲の「おもしろい」を理解していて、そこへの調整をやっている。

つまり視聴者が面白いと思うであろうことを頭の中に大量に用意しておいて、それを適宜組み替える。そういうことをやっている。その結果が「すべらない話」などでの活躍に繋がる訳です。

そう言う人であるから、主戦場は司会、トーク、大喜利になってきます。正直、司会については今ひとつなところもありますが*1、これらを器用にこなしていける。テレビでポジション配置する皮としては、こんな美味しいキャラクターは居ないでしょう。どこにおいてもそれなりに使える。ボキャブラリーもあるからサラッとツッコめて、しつこくならない。みんなが言いたいことをサラっと言う。

つまり、ジュニアは「テレビでウケることにおける秀才」なんです。だからテレビに呼ばれる。場所は幾らでもある。

なぜ、せいじはテレビに呼ばれないのか

ジュニアが言うとおり残念なビジュアル、というのはまあまず置いといてw

せいじの一番の長所は、まず人との垣根が無い(もしくは極端に薄い)ことです。「新幹線に乗った際、新大阪でおばちゃんと仲良くなって、名古屋に着いたら喧嘩してた。」なんてのは有名ですね。*2。先輩でも後輩でも町の見知らぬ人でも老でも若でも男でも女でも日本人でも外国人でも気安く仲良くなったりする。これは本当にすごいことです。

悪く言ってしまうと「ガサツ」と言えるかも知れません。実際、ジュニアは「残念な兄」と言ってますからね。そういう面もある。だけど、ガサツだけでは人と距離を縮めることって出来ません。何故なら、人は距離を詰められると無意識のうちに自分の適性な距離に離れようとするからです。にもかかわらず、距離を縮めた上で友達を増やしている。これは、そこに優しさや親しみみたいなものがあるからでしょう。一見するとガサツでイカツい。だけど会話を聴いてると物凄く優しいのですよ、せいじは*3。だからあの性格で成立している。

そんなせいじなので、ソロでの活躍場所はロケなんかが向いているでしょう。実際、下町や外国を傍若無人っぽく歩いて、地元民と仲良くなりながら無茶して遊んで、地元民にツッコんでまわるのは、想像するだけでも面白いものです。だけど、テレビでゴールデンとなると、トークや司会の方がロケより圧倒的に多い。っていうかロケは少ないです*4。舞台が少ないんですよね。

もう一つ。せいじは「頭の回転が速い」んです。ジュニアももちろん頭は良い。だけど回転と言う意味ではせいじの方が優れている。綿密な計画を立てて笑いを作る、ということに掛けてはジュニアの方が圧倒的に有利なのですが、瞬発的な面白さで言うとせいじの方が優れています。それは、各トーク番組にたまに出た時のツッコミの鋭さから解ると思います。だけど、故に、はっきりいって「お笑い慣れ」してないと理解できないであろうツッコミが飛び出すことがある。「え?それはツッコミ?ボケ?普通に間違えてる?怒ってる?」とこういうのが解りづらかったりするのです。これはコインの裏表で、どうしてもツッコミが鋭くなりすぎると仕方ないことでも有ります*5

つまり、せいじが一番活きる場所が、テレビには少ない、っていうことなんです。場所があったとしても、視聴者が求めるものに合致しません。何故なら、ガサツ(故に生理的に不快)であり、すぐに理解出来るような解りやすいツッコミをあまりしないからです。

せいじはもうちょっと評価されても良い

そんな風にして、ジュニアはテレビに出てるけどせいじはあんまり出ていない、という状況が出来上がってしまっています。
テレビのイメージというのは強いので「面白い芸人だからテレビに出るのだろう」→「ジュニアはよくテレビに出ているが、せいじは出ていない」→「ジュニアに比べてせいじは面白くない」と思われる人も居るかも知れません。ですが、そんなことはまったくありません。テレビの露出度と面白さは無関係です。

前述した通り、一見ガサツに見えるけど優しいことによって、せいじは物凄く社交性が高いと言えます。日本人の悪癖の「空気を読みすぎる」こともしないから、「空気を読みすぎることで逆に微妙な空気に成る」といった状況の打破なんかも出来る。単なる空気を読めていないというだけなら居ますが、打破の仕方が面白くないことにより更に微妙な空気を生んだりします。それに、せいじにはそれが許されるキャラクター性がある。そしてその打破した空気の中でズバズバと面白いことを言うんです。そういう人は芸能界でも他に類を見ません。

ものすごい才能があるにも関わらず、テレビという枠に嵌れないことで評価されない。千原せいじは、そういう芸人さんの一人なんです。ガサツとも取れる行動も、頭の回転の速さから飛び出すものも含めて、せいじは「お笑いの天才」です。

上記を以て、すべての人に面白がれよ!と言うつもりは毛頭ありません。面白さの基準は個人個人で違うものだし、生理的に無理だっていう人もいると思います。だけど、イメージで面白くないと思ってる(または面白くないと思って見ていた)けど実はせいじをちゃんと見た事がないのであれば、再見してみることをお勧めします。もしかしたら、新しい笑いとの出会いになるかも知れませんよ。

そして願わくば、千原せいじを求める人が増えて、千原兄弟としても千原せいじソロとしてもガンガン笑いを産んでいるところを観られればいいなと思います。

余談

同じように、千原せいじファンと思われる人のエントリーがあったので。

千原兄弟で、せいじとジュニアで、せいじの方が面白いということに気付いていない奴は、千原兄弟をきちんと見たことがないか、笑いを見る目がないかのどちらかだ、というのが僕の結論です。お笑い界のためにも千原兄弟で、せいじがジュニアのお荷物と思ってる奴の家のテレビ、みんな永久に壊れちまえ。

しつこいぐらい何度でも言ってやりますが、千原兄弟で面白いのはせいじの方 - 昨日の風はどんなのだっけ?

言いたいことは解りますけど、明らかに言いすぎですね。
こういう人はもったいないよなあって思います。せっかく膨大なお笑いの知識があるのに、面白さを伝えることじゃなく怨念を発散させる方向に向いてしまっているなんて。

*1:個人的には、司会は劇団ひとりとかの方が上手いように思う

*2:細かいエピソードなんかはみんな大好きwikipediaなんかで観てもらえば良いんですけれど。

*3:そういったせいじがお笑いに誘ったからこそ、元々人見知りだったジュニアが芸人として花開いた、というエピソードに付いてはここでは割愛します。興味ある人は自分で調べて。

*4:多分、予算が掛かるんだろうなと思いますけど。

*5:以前は長々とツッコむスタイルでしたが、これはこれで、テレビ的には使いにくいと思う。編集しづらいから。