じゃがめブログ

毒にはなるが薬にはならない、じゃがいもの芽のようなことだけを書き綴るブログです。

システムエンジニアの評価が能力と無関係な理由

出来ない奴ほど生き残り、出来る奴は、病院送りか鬱か自殺しか道がない事が分かった。

何故出来る奴が潰れ潰され、出来ない奴が我が世の春を謳歌しているのか理由が分からない。

理不尽も極まりないのがこの業界である。

IT土方の生き残り方 - hatena anonymous diary

ソフトウェアハウスの評価制度に大きな欠陥があります。エンジニアは誰もが気付いていて、なおかつ未だに改善される気配の無い事実として。

評価方法を年功序列成果主義で分けて考えてみます。

年功序列

年功序列には問題が有りまして。システムエンジニアの能力と言うのは実務経験をただ無為に積むだけでは向上しません。かといって若い業界ですから、他業界の大会社のように昇格試験などを調整して実施するなど出来る会社は少ない。構成する会社の殆どがベンチャーという現状で、年功序列は不公平感しか生まないわけです。そもそも、35歳定年説が生きる業界で年功序列というのも変なものです。

成果主義

では、成果主義はどうか。これにも問題は有ります。幾ら優秀な人材だったとしても、関わった案件がお金を取れない・出向する先の顧客の商流が低いとお金は取れない。となると会社としては低い評価を下す。そういう現実が有ります。月間50万円を稼ぐ優秀なエンジニアと、月間100万円を稼ぐ現場の荷物とだと、後者のほうが評価されがちなんです。そしてその金額はエンジニアの能力や人格といったところとあまり関係ないところで決まります。何故なら、その金額が決まるのはほぼ『面接のとき』だけで、面接を受ける段階で既に案件規模や予算は決まっているからです。もちろん、長期でハイパフォーマンスを見せ付ける人は良い案件に入れる可能性は高まりますが、そのエンジニアを売り込む営業はその辺のマッチングを理解できない*1ので、優秀な人を良い案件に就かせるということが出来ないわけです。そして、優秀な人が現場で優秀な成果を残しても、それは売り上げには殆ど関わってきません。
つまり、エンジニアが幾ら優秀で努力家で人格者であろうと、会社の商流・そのとき持ってる案件・営業の能力で年収はほぼ決まる。とそういうわけです。そして出来る人には仕事が集中するので、パンクしてしまうのです。頑張っても、頑張るほど仕事が集中するのに収入は殆ど変わらない。それでは流出してしまうのも仕方ありません。

今後

私の好きな言葉に『功あるものに禄を 徳あるものに位を』というのがありますが、エンジニア業界はそれには程遠い。もう少し成熟される事を願うばかりなのですが、「経営者≠元エンジニア」という会社が多い現状ではなかなか難しいのかもしれません。業界全体的に一斉変化というのも難しいでしょうしね。

*1:個人的に、エンジニア派遣業の営業はポンコツだと思っているので。